メルセデスのエアサスは何が違うのか?|予測制御する魔法の絨毯の技術
「車内で文字が書ける」——これは誇張ではない。
メルセデス・ベンツのSクラスに搭載された「マジックボディコントロール」は、フロントカメラで路面を読み取り、凹凸が来る前にサスペンションを調整する。段差を乗り越えても、車体は水平を保ち続ける。
しかし、なぜメルセデスだけがここまでエアサスペンションに投資するのか?BMWやアウディとは何が違うのか?そして、コイルスプリングに対する圧倒的な優位性とは?
この記事では、メルセデスが50年以上磨き続けてきたエアサス技術を、物理学レベルから徹底解説します。
1. エアサスペンションの基本原理
まず、エアサスペンションがどう動作するのかを理解しよう。
金属バネ vs 空気バネ
通常のサスペンションは、コイルスプリング(金属バネ)を使う。一方、エアサスペンションは空気バネ(エアスプリング)を使う。
| 項目 | コイルスプリング | エアスプリング |
|---|---|---|
| バネの正体 | 金属の弾性 | 圧縮空気の弾性 |
| バネレート | 固定(変更不可) | 可変(空気圧で調整) |
| 車高調整 | 不可(スプリング交換が必要) | 可能(空気量で調整) |
| 重量変化への対応 | 沈み込む | 車高一定に保てる |
| 乗り心地の調整 | 固定 | リアルタイムで変更可能 |
エアサスの構成部品
システム構成
1. エアスプリング(エアバッグ)
ゴム製の袋に空気を封入。空気圧でバネの硬さを変える。
2. エアコンプレッサー(ポンプ)
圧縮空気を生成。メルセデスは電動式を採用。
3. エアタンク
圧縮空気を貯蔵。瞬時に大量の空気を供給できる。
4. 電磁バルブユニット
4輪それぞれに空気を振り分ける。
5. レベルセンサー
車高をモニタリング。フロント左右2つ、リア1つの3チャンネル制御。
2. メルセデスAIRMATIC:基本システム
メルセデス・ベンツのエアサスペンションシステムは「AIRMATIC(エアマティック)」と呼ばれる。Sクラス、Eクラス、GLE、GLSなどの高級セダンやSUVに搭載されている。
AIRMATICの特徴
- ストラット一体構造:ショックアブソーバーとエアスプリングが一体化したストラット構造。コンパクトで効率的。
- 連続可変ダンピング(ADS+):各ホイールごとに減衰力を自動制御。路面状況に応じてダンパーを調整。
- 自動車高調整:
- 高速走行時(80km/h以上):車高を10mm下げて空気抵抗を減らす
- 悪路走行時:車高を上げてクリアランスを確保
- 乗員・荷物の重量変化:常に一定の車高を維持
- 走行モード連動:
- Comfort:柔らかく、快適重視
- Sport:硬めで、俊敏な動き
- Sport+:最も硬く、サーキット走行向け
- Individual:自分好みにカスタマイズ
AIRMATICの制御ロジック
AIRMATICは、車両の状態を常にモニタリングし、リアルタイムでサスペンションを調整する。
🔧 センサーからの入力情報:
- 車高レベルセンサー
- 横Gセンサー(加速度センサー)
- ステアリングアングルセンサー
- 車速センサー
- ブレーキ圧センサー
→ これらの情報を電子制御ユニット(ECU)が統合し、最適な減衰力と車高を計算
3. マジックボディコントロール:世界初の予測制御
2013年、メルセデスは世界初の予測制御サスペンションを実現した。それが「マジックボディコントロール」だ。
革新的な「ロードサーフェススキャン」
従来のサスペンションは、凹凸に差し掛かってから反応する「フィードバック制御」だった。
しかし、マジックボディコントロールは凹凸が来る前に予測して反応する「フィードフォワード制御」を実現した。
ロードサーフェススキャンの仕組み
ステップ1:路面スキャン
フロントガラス上部に設置されたステレオマルチパーパスカメラで、前方最大15m手前から路面の凹凸を検知。
ステップ2:情報処理
検知した路面情報を高速演算。どのタイミングで、どのくらいサスペンションを動かすべきかを計算。
ステップ3:事前調整
凹凸に到達する前に、4輪それぞれの油圧ユニットのオイル量をコントロール。
ステップ4:フラット走行
例えば、大きな段差に差し掛かる場合:
- まずサスペンションを伸ばす(車体を上げる)
- タイヤが段差に乗ったところで、たっぷりとしたストロークで吸収
- 結果:車体は水平を保ち続ける
マジックボディコントロールの制御範囲
- ピッチング制御:発進・ブレーキング時の前後の揺れを抑制
- ローリング制御:コーナリング時の左右の傾きを抑制
- 上下動制御:路面の凹凸による上下の揺れを抑制
メルセデス公式の表現:
「オフィスや書斎にいるときと同様、車内で文字を書くことができるほどの異次元の快適性を実現」
マジックボディコントロールの制約
ただし、マジックボディコントロールには作動条件がある:
- 車速制限:時速130km以下(初代)、時速180km以下(最新版)
- 視界条件:カメラが路面を認識できる必要がある(夜間や悪天候では作動しない場合がある)
しかし、マジックボディコントロールが作動しなくても、ベースのAIRMATICの性能が優秀なため、十分に快適な乗り心地を保てる。
4. E-ACTIVE BODY CONTROL:48Vハイブリッドとの融合
2019年、メルセデスはさらに進化したシステム「E-ACTIVE BODY CONTROL」を投入した。GLE、GLS、マイバッハSクラスなどに搭載されている。
何が進化したのか?
E-ACTIVE BODY CONTROLは、48V電動油圧ユニットをサスペンション各輪に配置した、完全アクティブサスペンションだ。
E-ACTIVE BODY CONTROLの革新
1. 48V電動油圧ユニット
各車輪に48Vモーターと油圧ポンプを内蔵。各輪独立でバネとダンピングを制御できる、市場唯一のシステム。
2. エアサス + 油圧ハイブリッド
エアスプリングで基本的な車高とバネレートを制御し、48V油圧ユニットで瞬時のストローク調整を行う。
3. 超高速演算
20以上のセンサーとステレオカメラの情報を、5つのマルチコアプロセッサーで毎秒1000回の速度で分析処理。
4. Curveモード(ダイナミックカーブ機能)
コーナリング中に逆ロールをかける。オートバイのようにリーンイン(内側に傾く)することで、遠心力を打ち消す。
Curveモードの驚異
Curveモードは、コーナリング時の遠心力に逆らうように車体を内側に傾ける。
通常のサスペンション:
コーナリング → 遠心力で車体が外側に傾く(ロール) → 乗員は外側に振られる
Curveモード:
コーナリング → 車体を内側に傾ける(逆ロール) → 遠心力と釣り合う → 乗員は直立したまま
これにより、後席の乗員は不意な上体の動きが抑えられ、高速コーナリングでも快適性を保てる。
5. ABC(アクティブ・ボディ・コントロール):油圧式の最高峰
実は、メルセデスにはもう一つの伝説的なアクティブサスペンションがある。それがABC(Active Body Control)だ。
ABCの特徴
ABCは、エアサスではなく、コイルスプリング + 油圧アクティブ制御というシステム。
- 4輪油圧ユニット内蔵:各輪のコイルスプリングに油圧ユニットを組み込む
- 4チャンネル独立制御:前後左右を独立制御(AIRMATICは3チャンネル)
- ベルト駆動油圧ポンプ:パワステポンプと一体化
- スタビライザーレス:ABCの制御だけでロールを完全に抑えるため、スタビライザーが不要
ABCはSクラスAMGやCLクラスなど、最上級モデルに搭載されていた。現在は48V電動化したE-ACTIVE BODY CONTROLに進化している。
6. コイルスプリングとの比較
エアサスペンションは、コイルスプリングに対してどんな優位性があるのか?
| 項目 | コイルスプリング | エアサスペンション |
|---|---|---|
| 乗り心地の調整 | 不可(固定) | 走行モードで自由に変更 |
| 車高調整 | 不可 | 自動調整(高速時下げ、悪路時上げ) |
| 積載時の挙動 | 沈み込む | 車高一定を維持 |
| バネレート | 固定 | 可変(空気圧で調整) |
| 予測制御 | 不可能 | 可能(カメラ連動) |
| 故障リスク | 低い(シンプル構造) | やや高い(複雑なシステム) |
| メンテナンスコスト | 低い | 高い |
| 重量 | 軽い | やや重い |
7. BMWとアウディとの違い
メルセデスはエアサスに全力投球しているが、BMWとアウディは異なる戦略を取っている。
BMW:アダプティブダンパー重視
BMWは、コイルスプリング + 電子制御ダンパーの組み合わせを重視する。
BMWの戦略
アダプティブMサスペンション
- コイルスプリング + 電子制御ダンパー
- リアルタイムで減衰力を調整
- 軽量で信頼性が高い
- 50:50重量配分との相性が良い
エアサスは一部車種のみ
X5、X7などの大型SUVにはエアサス搭載モデルもあるが、BMWの本流ではない。
BMW哲学:「ドライバーが路面を感じ取る」ことを重視。エアサスの「絨毯感」よりも「ダイレクト感」を優先。
アウディ:AIアクティブサスペンション
アウディは、メルセデスと同様に48V電動アクティブサスペンションを開発している。
AIアクティブサスペンション(A8搭載)
- 各車輪に48Vモーターと複数のギアを内蔵
- フロントカメラからのデータで路面を検知
- 1秒間に18回送信されるデータをもとに制御
- 千分の数秒の速度で最適なストローク量へ制御
技術的にはメルセデスのE-ACTIVE BODY CONTROLと同等だが、アウディはクワトロ(4WD)との統合制御を重視している。
8. エアサスのメリット・デメリット
メリット
- 極上の乗り心地:コイルスプリングでは不可能な滑らかさ
- 可変性:走行モードで乗り心地を変更可能
- 積載時の安定性:重量が変わっても車高一定
- 予測制御:路面を先読みして事前調整(マジックボディコントロール)
- 高速安定性:高速走行時に車高を下げて空気抵抗を減らす
- オフロード性能:悪路で車高を上げてクリアランス確保
デメリット
- 故障リスク:エアバッグの経年劣化(亀裂からエア漏れ)が定番トラブル
- 修理費用:純正部品が高価(OEM品や社外品で節約可能)
- 複雑なシステム:ECUやセンサーの不具合リスク
- 重量増加:コイルスプリングより重い
- 低速振動:極低速時に「プルプルする」振動が残る場合がある
⚠️ 故障予防のポイント:
- エア漏れを放置しない(ポンプが過熱して二次故障を引き起こす)
- 定期的なコンピュータ診断
- ABCの場合は、専用フルードとフィルターを定期交換
- エア抜き作業は診断機が必須
9. メルセデスがエアサスにこだわる理由
なぜメルセデスだけが、ここまでエアサスペンションに投資し続けるのか?
答え:「最善か無か」の哲学
メルセデス・ベンツは、フラッグシップモデルに相応しい最高の快適性を実現するため、妥協しない。
エアサスは重い、複雑、高コスト——これらのデメリットを技術力でカバーし、究極の乗り心地を実現する。
メルセデスの技術投資
- 1999年:AIRMATIC初搭載(Sクラス)
- 2013年:マジックボディコントロール(世界初の予測制御)
- 2019年:E-ACTIVE BODY CONTROL(48V電動化)
メルセデスは20年以上にわたってエアサスを進化させ続けている。この技術蓄積が、他メーカーとの決定的な差になっている。
10. どんな人にエアサスが向いているか?
エアサスが向いている人
- 最高の快適性を求める:後席でくつろぐことが多い
- 長距離ドライブが多い:疲れにくさを重視
- 重量物を積載する:荷物を積んでも車高一定
- オフロード走行もする:車高を上げてクリアランス確保
- メンテナンスコストを許容できる:故障時の修理費を想定
コイルスプリングが向いている人
- スポーティな走りが好き:路面を感じ取りたい
- 軽量・シンプルを重視:故障リスクを最小化
- メンテナンスコストを抑えたい:修理費の心配が少ない
- ドライバー中心:自分で運転することがほとんど
まとめ
- エアサスの原理:空気の弾性を利用、バネレートを可変できる
- AIRMATIC:メルセデスの基本エアサスシステム、車高・減衰力を自動調整
- マジックボディコントロール:世界初の予測制御、カメラで15m先を読み取り事前調整
- E-ACTIVE BODY CONTROL:48V電動油圧ユニット、各輪独立制御、Curveモードで逆ロール
- ABC:油圧式アクティブサスの最高峰、4チャンネル独立制御
- BMWとの違い:BMWはコイルスプリング重視、ダイレクト感を優先
- アウディとの違い:アウディもAIアクティブサスを開発、クワトロとの統合制御
- メリット:極上の乗り心地、可変性、予測制御
- デメリット:故障リスク、修理費用、重量増加
メルセデスのエアサスが「魔法の絨毯」と呼ばれる理由は、20年以上にわたる技術の積み重ねにある。
カメラで路面を先読みし、48V油圧ユニットで各輪を独立制御し、毎秒1000回の演算で最適な姿勢を保つ——この技術の結晶が、「車内で文字が書ける」快適性を実現している。
もしあなたが次にメルセデスのSクラスに乗る機会があれば、段差を乗り越えた瞬間に意識を向けてみてほしい。
車体が水平を保ち続ける、その「魔法」の正体が、今ならわかるはずだ。

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