なぜBMWはZF 8速ATにこだわるのか?|9G-TRONIC vs Sトロニック 徹底比較
0.2秒。
これが、最新のトランスミッションが次のギアにシフトするのに要する時間だ。
エンジンがいくら高出力でも、トランスミッションがそれを路面に伝えられなければ意味がない。ドイツ御三家は、それぞれ異なるトランスミッション戦略を採用している。
BMWは「ZF 8速AT一本勝負」。メルセデスは「9速化で燃費重視」。アウディは「DCTとATの二刀流」。
この記事では、ドイツ御三家のトランスミッション技術を、設計思想から徹底比較します。
1. なぜトランスミッションが重要なのか?
トランスミッションは、エンジンの力を車輪に伝える「心臓と足をつなぐ動脈」だ。
トランスミッションの3つの役割
- トルク増幅:エンジンのトルクを増幅して、発進・加速を可能にする
- エンジン回転数の最適化:どんな速度域でもエンジンを効率的な回転数に保つ
- 燃費向上:多段化によって、高速巡航時のエンジン回転数を下げる
つまり、トランスミッションの性能 = 車の加速感・燃費・ドライバビリティを決定する。
トランスミッションの種類
| 種類 | 特徴 | 変速速度 | 採用例 |
|---|---|---|---|
| トルコンAT | トルクコンバータで滑らかに動力伝達 | 中速(0.3-0.5秒) | BMW、メルセデス |
| DCT(デュアルクラッチ) | 2つのクラッチで途切れない変速 | 高速(0.1-0.2秒) | アウディ、ポルシェ |
| CVT | 無段変速でスムーズ | – | 日本車(スバル、トヨタ) |
| MT | ドライバーが直接操作 | ドライバー次第 | ポルシェ911、M2 |
ドイツ御三家は、トルコンATとDCTの2つを採用している。CVTは「スムーズだが退屈」として採用していない。
2. BMW:ZF 8速AT一本勝負
BMWは、ほぼすべてのモデルにZF製8速AT(8HP)を採用している。M3/M4のみ7速DCTだが、それ以外は全てZF 8速ATだ。
ZF 8速ATとは?
ZF 8HP(8速オートマチック)
開発:ZF(ツェット・エフ)フリードリヒスハーフェン
初登場:2009年 BMW 7シリーズ
変速時間:0.2秒(世界最速クラス)
採用メーカー:BMW、ジャガー、ランドローバー、クライスラー
技術的特徴:
- 4つのプラネタリギアセット
- 5つのクラッチ・2つのブレーキ
- トルクコンバータ・ロックアップ機構
- 重量:87kg(従来6速ATより軽量)
なぜZF 8速ATが「世界最高」なのか?
理由①:変速速度が速い
0.2秒という変速速度は、トルコンATとしては異例。これはダイレクト・シフト・ギアボックスと呼ばれる制御技術による。
理由②:8速化で燃費向上
高速巡航時、エンジン回転数を低く保てる。100km/h巡航時、約1500rpm。これにより燃費が6速ATより約6%向上。
理由③:ワイドレシオ
1速と8速のギア比の差(レシオカバレッジ)は7.81。つまり、低速トルクと高速巡航性能を両立。
理由④:軽量
従来の6速ATより3kg軽い87kg。プラネタリギアセットの最適化によって実現。
なぜBMWは「ZF一本」なのか?
BMWは、トランスミッションに関して「信頼性と一貫性」を最優先する。
- 全モデルで統一:320iからM760iまで、同じ8速ATの派生型を使用
- 部品共通化:生産コスト削減、品質安定
- ZFとの強固な関係:共同開発により、BMW専用チューニングを実現
- 「FR特性」の維持:後輪駆動のフィーリングを損なわないトランスミッション
BMWにとって、ZF 8速ATは「究極のトルコンAT」なのだ。
3. メルセデス:9G-TRONICで燃費重視
メルセデス・ベンツは、独自開発の9G-TRONICを主力トランスミッションとして採用している。
9G-TRONICとは?
9G-TRONIC(9速オートマチック)
開発:メルセデス・ベンツ社内開発
初登場:2013年 E350 BlueTEC
変速時間:0.3秒
採用モデル:Cクラス、Eクラス、Sクラス、GLC、GLE
技術的特徴:
- 4つのプラネタリギアセット
- 6つのクラッチ
- トルクコンバータ + ロックアップ
- 重量:100kg
なぜ「9速」なのか?
メルセデスが9速化に踏み切った理由は、CO2排出規制対応だ。
9速化のメリット:
①燃費向上:高速巡航時、エンジン回転数をさらに下げられる。100km/h巡航時、約1400rpm。
②レシオカバレッジ拡大:1速と9速のギア比の差は9.15。BMW 8速ATの7.81より広い。
③CO2削減:EU規制(CO2排出95g/km)をクリアするための戦略。
9速化のデメリット:
①変速回数増加:8速より変速が多く、スポーティさに欠ける。
②重量増:ZF 8速ATの87kgに対し、9G-TRONICは100kg。
③複雑化:クラッチ数が増え、故障リスクも増加。
メルセデスの哲学:「最善か無か」
メルセデスは、「規制をクリアするために必要なら、最多段数を選ぶ」という姿勢だ。
- 燃費最優先:「走りの楽しさ」より「環境性能」
- 快適性重視:スムーズな変速で「魔法の絨毯」を実現
- 内製化:ZFに頼らず、自社開発で独自性を追求
9G-TRONICは、「メルセデスらしい快適性」を追求したトランスミッションだ。
4. アウディ:DCTとATの二刀流
アウディは、モデルによってトランスミッションを使い分ける戦略を採っている。
Sトロニック(DCT)
Sトロニック(7速デュアルクラッチ)
開発:ボルグワーナー + アウディ共同開発
変速時間:0.15秒(世界最速クラス)
採用モデル:A3、TT、Q2、Q3、RS3、RS5
技術的特徴:
- 2つのクラッチ(奇数段・偶数段)
- 乾式 or 湿式(トルクによる)
- トルクコンバータなし
DCT(デュアルクラッチ)の仕組み
DCTは、「2つのマニュアルトランスミッションを同時に制御」する仕組みだ。
仕組み:
1速→2速にシフトする時:
1. 1速のクラッチが繋がっている間に、2速のギアが既に準備される
2. 1速のクラッチを切ると同時に、2速のクラッチを繋ぐ
3. トルクの途切れがほぼゼロ(0.15秒)
メリット:
①変速速度が速い:トルコンATの0.2秒に対し、0.15秒
②燃費が良い:トルクコンバータの損失がない
③ダイレクト感:MTに近い加速フィーリング
デメリット:
①低速時のギクシャク感:クラッチの断続が「カクカク」する
②渋滞に弱い:クラッチが熱を持ち、耐久性が低下
ティプトロニック(8速AT)
ティプトロニック(8速オートマチック)
ベース:ZF 8速AT
採用モデル:A4、A5、A6、A7、A8、Q5、Q7、Q8
特徴:
ZF 8速ATをアウディ専用にチューニング。クワトロシステムとの連携を最適化。
なぜアウディは「二刀流」なのか?
- 小型FF車にはDCT:A3、TTなど横置きエンジン車。スポーティさ重視。
- 中型以上にはAT:A4以上の縦置きエンジン車。快適性とクワトロの相性重視。
- RS(高性能モデル)にはDCT:RS3、RS5など。変速速度最優先。
アウディは、「適材適所」でトランスミッションを選んでいる。
5. 高性能モデル専用トランスミッション
M、AMG、RSなどの高性能モデルは、専用チューニングされたトランスミッションを使う。
BMW M DCT(Mモデル専用)
7速M DCT Drivelogic
採用:M2、M3、M4
変速時間:0.12秒(サーキット最速)
特徴:
- サーキット走行に最適化
- Drivelogic(変速特性3段階調整)
- Launch Control対応
メルセデス AMGスピードシフトMCT
AMGスピードシフトMCT(9速)
採用:C63、E63、GT 4ドア
特徴:9G-TRONICベースだが、トルクコンバータを湿式多板クラッチに変更
メリット:
①トルコンATより速い変速(0.25秒)
②高トルク対応(最大1000Nm)
アウディ RS専用Sトロニック
RS専用7速Sトロニック
採用:RS3、RS5、RS6、RS7
特徴:通常のSトロニックより強化されたクラッチ、冷却システム
最大トルク対応:700Nm(RS6 Avant)
6. ドイツ御三家トランスミッション徹底比較
| 項目 | BMW ZF 8速AT | メルセデス 9G-TRONIC | アウディ Sトロニック/ティプトロニック |
|---|---|---|---|
| 段数 | 8速 | 9速 | 7速(DCT) / 8速(AT) |
| 変速時間 | 0.2秒 | 0.3秒 | 0.15秒(DCT) / 0.2秒(AT) |
| 重量 | 87kg | 100kg | 80kg(DCT) / 90kg(AT) |
| レシオカバレッジ | 7.81 | 9.15 | 6.5(DCT) / 7.0(AT) |
| 開発元 | ZF | メルセデス内製 | ボルグワーナー / ZF |
| 設計思想 | バランス・信頼性 | 燃費・快適性 | スポーティさ / 適材適所 |
| 得意な使い方 | ワインディング+高速 | 高速巡航 | サーキット(DCT) / 日常(AT) |
| 弱点 | 特になし | 変速回数多い | 渋滞に弱い(DCT) |
7. どのトランスミッションが優れているのか?
答え:「使い方による」
BMW ZF 8速ATが向いている人
- バランス重視:変速速度・燃費・快適性のバランスが最高
- 信頼性重視:世界中で実績のあるトランスミッション
- ワインディング好き:0.2秒の変速速度で、峠道も楽しい
- FRフィーリング好き:後輪駆動の気持ちよさを損なわない
メルセデス 9G-TRONICが向いている人
- 高速巡航が多い:長距離ドライブで燃費重視
- 快適性最優先:「魔法の絨毯」のようなスムーズさ
- 環境性能重視:CO2排出を最小限にしたい
- メルセデスブランド好き:自社開発の独自性に魅力
アウディ Sトロニック(DCT)が向いている人
- スポーティさ最優先:0.15秒の変速速度でサーキット走行
- ダイレクト感重視:MTに近い加速フィーリング
- RS/Sモデル志向:高性能モデルの魅力を最大限に
- 渋滞に遭わない:郊外・高速メインの使い方
アウディ ティプトロニック(AT)が向いている人
- 日常使いメイン:快適性とスポーティさのバランス
- クワトロ重視:4WDとの相性が良い
- A4以上のモデル:中型車以上の選択肢
8. 電動化時代のトランスミッション
EV(電気自動車)には、トランスミッションが不要だ。
なぜEVにトランスミッションは不要なのか?
理由:
①モーター特性:電気モーターは0rpmから最大トルクを発生。低速トルク増幅が不要。
②広い回転域:エンジンは5000-7000rpmが限界だが、モーターは15000rpm以上回る。変速不要。
③シンプル:減速ギア(固定ギア)1枚で済む。
例外:ポルシェ タイカン
ポルシェは、タイカンのリアモーターに2速トランスミッションを採用。
理由:高速域でのさらなる加速性能を追求。
PHEV(プラグインハイブリッド)のトランスミッション
BMW、メルセデス、アウディのPHEVは、従来のトランスミッション + 電気モーターを組み合わせている。
- BMW 330e:ZF 8速AT + 電気モーター(83kW)
- メルセデス C300e:9G-TRONIC + 電気モーター(95kW)
- アウディ A6 TFSI e:7速Sトロニック + 電気モーター(105kW)
電動化が進んでも、当面はトランスミッション技術が重要だ。
まとめ
- トランスミッションの役割:トルク増幅、回転数最適化、燃費向上
- BMW ZF 8速AT:バランス最高、信頼性◎、変速速度0.2秒
- メルセデス 9G-TRONIC:9速で燃費重視、快適性◎、内製化
- アウディ Sトロニック:DCTで変速速度0.15秒、スポーティ◎
- アウディ ティプトロニック:ZF 8速ATベース、クワトロと相性◎
- 高性能モデル:M DCT(0.12秒)、AMG MCT、RS Sトロニック
- 比較結果:バランス=BMW、燃費=メルセデス、スポーティ=アウディDCT
- 電動化:EVはトランスミッション不要、PHEVは従来技術継続
トランスミッションは、「見えない技術」だ。
しかし、アクセルを踏んだ瞬間の加速感、高速道路での静粛性、ワインディングでの一体感——それらすべてが、トランスミッションの性能によって決まる。
BMWのZF 8速ATは、「究極のバランス」を実現した。メルセデスの9G-TRONICは、「環境性能と快適性」を追求した。アウディのSトロニックは、「スポーティさの極致」だ。
もしあなたが次にドイツ車に乗る機会があれば、アクセルを踏み込んだ瞬間の「繋がり感」に注目してほしい。
それが、ドイツ御三家が追求してきたトランスミッション技術の結晶だ。

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